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新米校長の本音(その3) 「無病息災」と「困ったときの神頼み」

機械力を十分に活かしきれない山間地の農業においては、人手が資本である。
一家の働き手が亡くなったり、病に倒れて働けなくなったりした農家の生活は悲惨である。
「お互い様」を基本にした農村の協力態勢はあるが、皆余力を残して農業を営んでいるわけではないから、周りへの負担が大きいことは明らかである。
幼い子どもにもこの切なさは、ひしひしと伝わる。
そのため一年の農作業に先立って、各集落で営まれる春祭りには氏神様にお参りし、家内安全、無病息災、五穀豊穣を一家揃って祈る。
そして、収穫を終えた秋祭りに一年の感謝を込めて氏神様にお参りする。
事故なく、怪我なく、病気なく生活できたら、収穫量は一人一人の努力次第である。

少し大きな神社に行くと、所狭しと絵馬が下げられている。
読むともなしに目をやると「○○高校に合格できますように」「○○大学に合格できますように」「成績が上がりますように」などと親も子も願っている。
「神様も大変だなあ。みんなかなえてあげられるのかな。かなえてあげられる人とかなえてあげられない人がいるとしたら違いは何かな」などと本気とも冗談と もなく考えてしまう。
「健康に気をつけて乗り切ってくれますように」「目標に向かって何度でも挑戦する元気をもってくれますように」などと書いてある絵馬にはトンと出合わな い。
「病気しないように」「交通事故に合わないように」とただ無心に祈っていた時期があったことを親として思い返してみる。
日ごろ、神仏に手を合わせることも少ないであろう子どもたちに、困ったときの神頼みをさせている力はなんだろうか。
「家内安全、無病息災。健康で生きていてくれたら、実力は本人の努力次第」と祈ってあげた方が子どものパワーがあふれてくるのではないだろうか。