第 8号 想いを伝えるということ

「この木は、おまえの孫のために植えるんだから、おまえも大事に育てろよ。」

 祖父は、まだ小学校に入ってまもない私に木の植え方や育て方を教えながら優しくささやきました。

 この思い出は四十年近く経った今でも忘れられません。

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 祖父は、いわゆる教養の高い人ではありませんでしたが、先祖から受け継いだ「家」を次の世代に残そうとする想いで一生懸命でした。

 そして、その想いをどのようにすれば次の世代に伝え、残せるのかを考えるなかで、自らの、人を育てる力を洗練させていったように思えてなりません。

 しかも、そんな祖父は私の祖父だけではありませんでした。

 地域のおおむねの大人はそうだったのです。

 想いを伝えて行くなかで培った強さが地域の誰に対しても、自分の意見を持ち、堂々とものを言える自信となっていたのだと思います。

 そして、そのような大人たちが多かった地域には子どもを育て、見守る力が強かったように感じられます。

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 ところで今、私たちには自分の子どもたちあるいは孫たちに自信を持って伝えたい、残したい想いというものは、何かあるのでしょうか。

 また、あるとしても日頃そんな想いを持ち続けているのでしょうか。

 木、一本にしても苦労して山に木を植え、育てるよりは、役所や会社で働いて賃金をもらい、そのお金で買うほうが楽という、ものが簡単に買える時代に流され てしまってはいないでしょうか。

 そして、そのことが、昔に比べて多くを学べる環境と圧倒的な物の豊かさを手に入れながらも、かえって伝えるものを亡くし、人を育てるという能力を無くし、 地域の教育力を失わせる原因ではなかったか、次を想う習慣を無くしたことが先を見通す力を失う原因となったのではないか、と思えてなりません。

 人に伝えることを通して自らをつちかう事の大切さについて、もう一度考え直し、見つける時が来ていると思いますがいかがでしょうか。