第14号 夢を持つこと 夢を育むこと

「将来は、農業学校に行って、農業をする。」

 物心ついた頃から、祖父母や親戚に農家の跡継ぎとして期待され、常に耳元でささやかれていたことがいつしか自分の夢であるかのようになっていた。

 それが中学生の頃、大きく変わった。

 進学校への進学が最良の選択であるかのように語る人と出会い、その人への反発と家族との関わりの煩わしさから、寮生活と技術系学校であることだけで進学先 を選択した。

 しかし、それが卒業後これまでに経験してきた職業に生きている。

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 私たちは生まれて育つ日々の、その時々に「あなたの夢は何か」と問われる。

 そして「夢を持ちましょう」と迫りかけられる。

 しかし、実際にはどれだけの人が夢を具体的なイメージとして持ち合わせ、その実現に向けて努力しているのであろうか。

 「夢は」と問う人のどれだけの人が自らの夢を語れるのであろうか。

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 私が夢を意識しだし、それが具体的な形を成してきたのはつい最近のことであるし、10年前には影も形もなかったものである。

 これまでの様々な経験の中で出会った人たちの抱く夢の実現に関わり、実現するたびに味わう感動と喜びの繰り返しの中で、初めて自分の夢の形が見えてきたよ うな気がする。

 そして、思う。「人は、他者の夢の実現を共感する中で自己の夢の形を見つけていくのではないだろうか。」と。

 そうであるとすれば、私たちは、子どもに夢を尋ねる前に自らの夢を語り、その実現を求める姿を見せていかなければいけないし、実現の喜びを共感できる場を 作っていかなければならないだろう。

 子どもの夢のスケールを云々する前に、それまでに経験してきた現実の中で、自らの夢の大きさが縮小していないか改めて問い直す必要があるだろう。

 渾沌とした現在(いま)であるからこそ、夢を持つこと育むことをしっかりと見つめたい。

 地域の一人としてそんな生き方の見直しを痛感した一年の計の除夜の鐘であった。